記事を書く人、読む人、けなす人

「そんな (レベルの低い|わかりきった) 記事を書くな」という意見が見るたびに書き足したりしたものを吐き出したものです。

要約

まだ記事は書くほうが偉い時代だと思います。

  • 書く人へ: 好きに書こう。書くだけで偉い。でも生成AIに書かせるのはなんか違う気がします
  • 読む人へ: フィードバックしてあげましょう。ハゲみになります
  • 記事をけなす人へ: 生産性無いのでやめましょう

以降はそれを長々書いた思いです。


記事を書いたほうが良い理由

私はなぜ書くのか?→恩返し、あるいは自己主張、あるいは自分のため

私のblogは最近、平日で100PVあるかないかぐらいで、全くアクセスがないです。多分BOTが巡回しているか、自分です。そんなもんです。

色々ググって手を動かして育ってきた私としては、書いてくれている人がいるだけでありがたかったわけです。特に機械翻訳がない、あるいはイマイチな時期は英語のドキュメントなんてまともに読めていなかったので、それを日本語で書いてくれているだけでありがたかった。はてなダイアリーに移住する前に書いていたBlog(消失済)ではmod_perlCGIを高速に動かすことに躍起でした。懐かしい。

私は翻訳とか無から生み出すとか、興味もないソフトウェアを動かして価値を見出すとか、そんなことはできません。知ったことを書くぐらい。なのでどこかにある人の情報をつぎはぎした内容にすぎません。将来自分がコピペして作業できるとか、同じことを考えている人がいたら参考になるかもしれないと思っていたり。エゴサをしてみると、非常に数は少ないですが、参考にされている記事もあるので、書いた価値はあったかなあと。数本ですけど。

今思えば、ただの自己主張のほうが大きいかもしれません。こんなこと知ったんだとか、I did it!! みたいな。鬱になってからはその感動(感度?)が薄れてしまっているのと、社会人は時間がないのが原因かなと思う。社会人になって知ったことの方が圧倒的に多いのに記事は減ってるからね。

多分一番アクセスがあったのはCS1.6のサーバを立てる記事でした。友達に教えるのが面倒で、ここを見てやってみって言えるように書いたのが始まりだった気がします。当時は海外のサイトでmodを取ってくるだとか、誰かが書いたテキストファイルをIRCでもらったりだとか、口伝だったりとか、断片的にサーバを立てる話はあるけどなんかうまくいかないとかで、色々まとめていた内容の集大成だったような気がします。美化しすぎているかも。それにいつの間にか参考にしていたサイトが見られなくなったりしたもんじゃ……なぜかコメント欄がサポセンになっていて、最初のころは親身で中盤以降は飽きていますね。これもステージがCSGOに代わり、役目を終えましたが。

ちなみに今アクセスが多いのは未だにJWTの保存先の記事なんですが、著名人の目に入ると一気に伸びるなあという感想でした。実践的な内容もないただのお気持ちなので価値は薄いとは思っていましたが、肯定的な意見が多くて、さほど間違っていなかったのでは、と逆に答え合わせができてうれしかったなと思っています。

でもこれぐらいです。別にヒットしてほしいために書いてるわけじゃないんでいいんです。

そういうわけで、個人の主張や気持ちをぶちまけたり共有できるのはBlogや個人サイトの特権だと思っています。好きに書けばよい。読み返すと、あの時はあんなことあったなという感じでいい思い出になるかもよ。こんなことを記事に書いていて恥ずかしいとも思える。まさにBlog。

書くだけで偉い

zenn.dev

これ。私はくだらない記事を書き捨てているだけなので、アウトプットの質が全く良くならない残念な人だけど。

私は誰が書いているかを割と重視する。良い記事を書く人は良い記事を書くから。それでも、誰か知らんけどいい記事を書いてるな、と思えるのは毎年発見できている。

さて、そんな技術記事は毎日どれぐらい出ているのか? RSSフィードで言えば、私は海外のも含めて毎日100本~200本ぐらいは流し見しているっぽい。その中で良かったなと思える記事は0~3本ぐらい。

日本にはIT技術者は140万人ぐらいいるらしい。毎年でもいいから1人1本記事を書いてくれれば140万本/年になる。1日に按分したら3800本ぐらいになる。でも実際はそんなに書かれていません。

さらに今所属している会社は200人ほどの社員がいるが、私はその中で技術記事(というほどの内容でもないけど)を一番よく書く側の人間だったりする。なんてこった。みんな子育てやボルダリングやフットサルや編み物やゴルフや麻雀やソシャゲで、そんなもん書いている暇なんてないらしい。お前は仕事で面白いことやってるんだからもっと書けよって言いたい。(いうほど自分も書いてないじゃんというのはそう。別アカウントでも月1本かくかどうかぐらい。週1とかで書いてる人はどんなバイタリティしてんだ)

何が言いたいのかというと、そのわずかな人が書いた記事は尊いのです。内容が稚拙だろうが何だろうが。

そもそも良い記事かどうかというのは人それぞれなので、そんなに人の評判を気にして書かなくてもよい。

Tech Blogいいぞ

企業の看板を背負って書く記事、個人でポッと出すよりも気持ちが入るでしょう。そうでもない人もいるかもしれませんが

企業ならではの課題やその立ち向かい方を丁寧に記事にして共有してくれるのは、ありがたい。

企業側も採用につながることを期待しているかもしれません。業務時間を割いてよいとか色々裁量を図っているかもしれないが、それでも書いてくれる人は本当に貴重なので大切にしてあげてくれ。企業として出す記事だからレビューも通すだろうし、色々大変でしょう。あと業務に触れないようにフィルタするの、結構めんどくさいんだ。

だからといって評価軸に使って社員を追い詰めないように。やらされで書かされただけの記事は薄っぺらくなっちゃうし、そういう記事はフィードバックもつかず、書いた本人も虚無です。とはいえ、本人が頑張って書いてくれた記事だから…と甘やかしてしまうと良い循環にならない。

なぞるだけでもよい

公式をなぞっただけでも価値はある。手順に沿って作業してスクショを貼っただけでもよい。公式ドキュメントがアップデートされて追従できなくなってもいい。古い記事は画像や日付からわかるし、改悪されることはあまりなく、使われないだけになることが多いから気にするな。

明日の自分の役に立つと思うなら書き残そう。特にAzureは公式のチュートリアルをなぞることさえ難しい前提が乱立している時や、画像もなくただ文字列が並べられており機械翻訳されているので、画面上の単語が一致しないときがある。サポートブログを読むと理解できるが、そもそもそれをドキュメントに反映しろ! でも書いてあるだけ偉い!

その代わり参考情報はちゃんと載せよう。公式のドキュメントなのか、海外の誰かよくわからない個人の記事から試したのか。自分がゼロから生み出したような書きっぷりの記事が、ただチュートリアルをなぞっただけだったみたいな内容だったときはがっかりだった。

ただ、それも読み手の問題であり、正しいソースを辿らなかった、検索結果で英語より日本語のタイトルの記事を優先して横着したほうが悪い。ちゃんと裏どりするとか英語の記事だけに絞るとか、いくらでもできることを怠ったほうが悪い。

「やってみたけどダメだった」が良い

これ。普通は成功体験を記事にして知らしめたい人が多いと思う。成功した記事は筆が乗るし、うまくいかなかったことをわざわざ記事にするほどまとめたくもないだろう。

でも成功だろうが失敗だろうが単純に事例が1個増える。その分野に興味がある人はそれを見て、なぜダメだったかを考える。もしかしたら良いアプローチを教えてもらえるかもしれない。技術者は教えたがりが多いと思う

stackoverflow系はたいてい「やってみたけどダメだった」の宝庫で、親切な人が勝手に解決策を提示してくれますからね。Answerの内容を真似たら解決したと陰で感謝している人は多いでしょう。今はAIのおかげ(せい)でトラブルシューティングはクローズドになっていっており、公開されず情報量が増えなくなっていく……でもAIサービス提供にそういった情報が集まり、より多くのデータで学習したプランを有料で提供し始めるのでは……という杞憂をしていますが。

体験を書こう

書くだけで偉いんですが、自分の体験が入っているとなおよいです。記事にするからには何か思い入れはあるでしょう。気づき、ハマったこと、解決できたこと、動いたこと、何かあるでしょう。アフィリエイト? お帰りください

一見、他と同じ内容ならただ冗長な記事にしか見えず、n番煎じだとかで読まれないでしょう。

ただ、私は1つの記事を見るより、2つ、3つの記事から三角測量的に共通点や相違点を見出して推測を立てることが多いので、状況がなるべく書かれていると良いなと思います。この記事を参考にしたけど、このあたりがよくわからなかったのであっちの記事を参考にした、というのは記事に値する情報だと思うぐらいです。

人の記事を読む人向け

フィードバックうれしいよ

書いた側はポジティブなフィードバックがあるとうれしいです。ふぁぼれよ。いいねくれ。無言ブクマしろ。

だから軽率に付けよう。なんなら匿名でいいから付けてほしい。

自分は良いと思ったものしか付けないので言ってることと矛盾している……。だって相手に通知いくのってなんか恥ずかしいじゃないですか。

記事を書く人向け

好きに書きなされ、と思いますが、ちょっとうーんっと思ったこともあるので。

生成AIに書かせるのをやめろ、レビューや体裁を整えるために使え

最近はAIにまとめさせたんか? という感じのスッカスカの記事をよく見かけます。

その特徴は以下です:

  • tableや箇条書きの前にセミコロンを置く: ↑。生成AI登場後から急に増えたよ、これ。
  • 構造化を表現するときのキーを太文字にする: ←これだよこれ。
  • リンク切れ: 存在しないURLを参照するのあるある
  • 謎の比較表: 酷いときは比較する対象を間違えてることも
  • どこか他人事: おまえの記事じゃないの?
  • 絵文字を入れがち: まあこれは華やかでいいですね。

AIで書いてるって思われるぞ!! あと、見出しの付け方もクセがありますね。ちゃんと調教しましょう。

あとMarkdown**強調表示** が解釈されずそのまま表示されているのとか、書いた記事の読み返しなりプレビューぐらい見ましょうよ(これはMarkdown Parserの方言の問題でもあるが)。

体験がない記事は薄っぺらいものになる気がします。AIを通しても薄っぺらさは変わりません。過度に希釈したカルピスのような味わい。

薄っぺらくても書いて気持ちが発散できるならそれでもいいとは思います。好きに書けばええねん。そこはお前のチラシ裏。私は「こいついつも薄っぺらいことを書いてんな」とか「新規性ないな」とか「感想がないな?」と思って「そういう記事を書きがちの人」と認識するだけです。

ただ私にとってはそう感じるというだけで、逆に一定のフォーマットになるので読みやすいのかもしれないし、圧倒的に“いいね”が付いているのを見かける。 私みたいに文句を言うだけのヤツなんか気にする必要もないのかもしれない。

そんな生成AIですが、気を使わないで済むレビュワーや編集者として生成AIは便利です。想定読者のペルソナを作ってレビューさせたり、反論を作らせたりしてもいいでしょう。

ChatGPTを利用して、こんなURLをブックマークに入れて呼び出して、チェックさせるとかでもいいでしょう。選択範囲の文字列を含めて飛ばすブックマークレットにしてもいいでしょう。

体裁を整えた結果、生成AIっぽい記事になるなら別にいいと思います。

引用・出典はなるべくかきましょう

私はそういう癖がないので書かないことが多いんですが、書いてあるときは助かりますね。

単純に自分の意見・感想だけではなくなるので、説得力が増したり、検証可能な状態になったり、良いことが多いです。(存在しない研究成果を引用する事例もあったりで盲信するのはよくないんですけど)

でも世の中には引用・出典をあえて消す人もいます。ナンデ!?(Qiitaのある記事の編集履歴で見て衝撃的だったのでこのインパクトに引っ張られすぎているだけだと思いますが)

人の記事をけなす人向け

一言で言えば「やめましょう」です。瞬間的な気持ちよさとか変な正義感以外に得られるものはないし、自分の首を絞めているだけです。

ここ一番筆が乗ってるのは自分がそれだからですね…自分への戒めでもあり、そういう人への当てつけという感じなので完全に蛇足です。

嫌なら見るな

稚拙な記事、AIで作っただけの中身のない記事。昔と比べてうんざりするぐらい目に入るようになった。ググれば出るようなJavaScriptとかPythonの浅いことにブックマークやいいねが集まっているのを見ると嫉妬すら覚える。俺が数十時間丹精(?)込めて書いた記事よりも"いいね"っていうのか!ふざけんな!

でも言わない。Twitterでは愚痴ってたけど。

あと、そういう記事にお気持ちをぶつけたいだけで、はてなブックマークしてる人もどうかと思う。ブックマークとして使えてねえじゃん! トラックバック(伝わらなさそう)を飛ばしても読んでもらえないから見てもらえるところに書いてるだけだろ!

これも嫌なら見るな、という話ではあり、邪魔だなって思いながら読み飛ばしていますが。ちなみに、はてブには「ユーザを非表示にする」機能があります。ブコメは知見があるときがあるから合わせて読みたいんだよ。そんな中にごみを混ぜないでくれ、っていう人にはぴったりです。

私はタイトルやドメイン、ユーザ名を見て読むか読まないか選んでいることがある。結局内容を見て「うわ、嫌なもん読んじゃったよ、時間の無駄だったなー」と思うこともある。各自で頑張ってフィルタリングしなさい。自分に都合のいい情報を集めているように。

冷笑気持ちいい

syu-m-5151.hatenablog.com

本文は長くて私の頭では全部は理解できていないけど、タイトルは理解できた。

私は冷笑をよくやる。書かれている通り、優越感が得られるから。自分はまだ優れているんだって思える。

そんなやり方でうまくいくわけないじゃん、あーあ俺だったらこうするのに、なんでこんな記事がいいね200とか付いてるんだよ、ググれば出る内容じゃん、ここ間違ってるじゃん、どっかのコピペじゃんクソだな……とか。

そうやって自分を保っているのだ……そうして今日も何の成果もあげず布団に入って1日が終わる……

愉悦コメント気持ちいい

みんなが集まっているところに俺は一言申してやったぜ! というのは優越感を感じるのではないか。私はそれ以上に反撃されると言い返せる気がしないという不安から陰でコソコソ言いますけど。

あと、実績が伴っている人とそうでない人が同じ言葉を発しても受け取られ方は全然違うんですよ。「まあ、あんたほどの実力者がそういうなら……」と思ったことはあるでしょう。思考停止して同意できるぐらいの実績を持った人の言葉というものがあります。実際は思考停止しちゃダメなんですが、面倒だし……

(ValorantのイモータルLoLのチャレンジャー|Apexのプレデター|じゃんたまの魂天)になった気持ちになっている人のコメントを見たことないですか?

まあ本当にうまいのに口や態度が悪い人もいるんですよね……身内や自分が面白ければどうでもよいって感じで……でもそういう人は私が知る限り超レアケースで大半は……

とにかく、そういったコメントは見苦しいノイズにしか映らず、届かないでしょう。

変な記事でも別にいい

書けばいいのです。HRな企業の人が人をチンパンジーに例えた記事を書いてもいいでしょう。それに対する批判の記事もいいでしょう。

ただ、企業の看板を背負ってやるのは自己責任ですし、そういう社員がいて検閲していない企業なんだな、とは思うでしょう。おそらく大多数はもっと厳しい目で見ると思います。嫌ならルールで縛ろう。

私はそういう記事はあってもいいと思います。思想が合わないなあ、と思って読まないだけで、そんな寄ってたかってボコボコにせんでも……とは思う。お祭り感覚なのかもしれない。Noteか何かで批判している記事があったなぐらいしか頭に残ってないや。

心が弱い人もいる

良いコメントが多数の中、悪いコメントが1個でもあるとダメージを受けてしまう。

そんな人を見たことがありますか? 私はあります。私でもあります。カスみたいなコメントを付けるためにブックマークしてんじゃねえ、お前のために書かれたモンじゃねえよ

悪いコメントをする人は、その時は気持ちいいことでしょう。しかし相手はダメージを受けることがあり、最悪活動をやめることでしょう。

でも悪い人は相手のことなんて関係ないかもしれませんね。お気に入りのおもちゃが壊れちゃったという感覚でしょう。自分と大して関係ない人が苦しんでも気にならないからね。言うだけ無駄か。

悪いコメントをする人へ

悪いコメントを書く人は、悪意をもってコメントしているか、自分は正しいと知らしめたいと思ってコメントしているか、純粋に思っている無邪気なコメントをしているかのような気がします。私は悪いコメントを書くときはどれかで書いてます。とにかくコメントを読んだ人のことを考えない独りよがりなコメントです。コメントってそういうもんだとは思いますけど。

そういうコメントをした時って気持ちよくないですか?私はそうだ。Twitterではそれを振りまいてた。(本人に届いてほしくないので鍵かけてたけど)

でもそういったネガティブな気を振りまいていると、あらゆる人は相手してくれなくなります。コメントのあて先も、それを見ている第三者も。だって、そんなやつ自分の近くに居てほしくないじゃないですか。

ソースはワイ。これでTwitterではほとんど絡まれなくなった。

みんな言わないけど、どんどん離れていきます。コミュニティに参加して意見を言っているつもりでも誰も相手してくれないし、面倒な人だなって思われているだけでしょう。瞬間的な気持ちよさだけで何も生まない。

あと匿名での振る舞いがリアルに繋がるのではと思ってます。せめて大事な家族や友人にだけはそういう態度を取らないようにしようね。でも漏れ出てるかもしれません。今の自分を客観的にみるとそんな感じがするのです。